イオン

「土日は何してるの」ほっといてくれよ、と思うがよく聞かれる質問である。車も持たず友達もいない土地での20代女子、休日の過ごし方問題について、みなさま方はどのように想像していらっしゃるのかしらと皮肉めいた気持ちがムクリと湧いてくる。

考えるウソもなく、ウソを考えることもバカらしく、一日中寝ていたり、たまに散歩したりしていますと真実を答えると、枯れてるね、そんなんでいいの?とのありがたきお答えが。ほっとけバカと即座に思うがウフフ、そうですよね〜と受け流す。受け流すことを覚えすぎて人の話を真面目に聞かなくなってきている自分が怖い。

 

休日は平日の反動からなのか本当に一日中寝ころがっていることが多い。誰とも話さず、スマートフォンの画面を永遠に眺めている。スマホがどこかに連れて行ってくれるわけもないのに、他人の知らなくても私の人生に1ミリも影響を及ぼさないことを、親指でスクロールし、ぼんやり眺めている。無駄な時間と自分でも思うが、この孤独がないと気が狂ってしまいそうになるのだ、悲しいことに。

 

そんな私にも好きな場所がある。イオンだ。地方民にとってイオンは生活の柱だ。目新しいものはないけど、それなりの服や靴は買えるしそれなりに時間と暇も潰せる。何よりも私がイオンを好きな理由は、遠くからあのショッキングピンクのどデカイ看板を見ると安心感を覚えるのだ。世の中との繋がり、家族の営み、普通の生活。テレビやインターネットでは都市のほんの一部の生活がまるで日本全体の生活のように映し出すけれど、日本の大多数の生活はイオンなのだ。あの媒体から通じて映し出されるステキな生活に焦燥感を抱き嫉妬した後にイオンに行くと、これが本当の生活なんだよと独り言つ。本当の世の中との繋がりを得た気がして、一人で安心するのだ。

 

東京から支店に異動してきた先輩が、ここは何もなくてウンザリするね、と言う。地方にはイオンがありますよと答えると、イオンごときで満足するようじゃ君も終わりだね。君だって学生時代は東京にいたんでしょう?あの都市に帰りたいと思わないの、まあ君はもともと田舎出身だからあっているんだろうな、こういうところが、と吐き捨てるようにたばこをもみ消し喫煙所から先輩が出て行った。ルミネもイセタンもマルイもよく行った、キラキラにワクワクしながらウインドウショッピングをしていたあの頃、私はお金はないけど時間だけはタップリあって気ままに暮らしていた。今の私があのキラキラに行ったらどんな風に感じるのかしらん、ていうか先輩、自分が辺境に来たイライラを私にぶつけるなよなクソと思いながら、もう一服すべくたばこに火をつけた。

 

出勤

雪が積もっている

 

普通に歩けば20分程の通勤路も雪が降ると40分かかる。雪国なのに歩道の除雪がなってないせいで雪をかき分け進むことになる。雪が降ったら歩くという選択肢がないのが普通なのだ。移動手段は車一択。

 

ここに来て約1年。何度か車の購入を検討した。利便性を考えると車はあったほうが絶対に良い。中古であれば買える金もある。ただ、どうしても踏ん切りがつかない理由がある。それは車を買ってしまったら、「私はずっと地方勤務でもかまいませんよ」という意思表示をしているのと同じ気がするからだ。もう一つ理由がある。車を買わずにいたら、早くここを抜け出せるかもしれないという願掛けだ。

 

やっとこさ会社に着く。本日最初の仕事は雪かき。通勤鞄を通用口に放り投げ、倉庫からスコップを取り出す。雪かきは苦ではない。肥える一方の身体だから良いダイエットだ。しんしんと振り続ける雪の中、車庫の中の営業車が出せる程度、ほどほどに雪かきをしておしまい。ダウンに少し積もった雪を払い落とし、通勤鞄を拾って会社の中に入る。

 

おはようございますと事務所の中に入ると、「おまえ昨日女子トイレの電気消してなかったぞ、ちゃんと消せ」と怒られる。20人ほどの営業所には私しか女子トイレを使う者はいない。すみません、気をつけますとヘラリと笑いながらPCの電源をつけた。

 

午前9時、いつもの通り始業時間を告げるチャイムが鳴った。ちゃんと出勤できてよかったという気持ちと、今日も出勤してしまったという気持ちを抱えて1日が始まる。